『普通』の人にとって、ダイバーシティは何を意味するんだろう?

私が勤めている外資系の会社は、性別と年齢に関して、かなり寛容です。どういう意味かというと、例えば「50代・女性・未経験」というプロフィールで入社される方も、たまにですがいらっしゃいます。

外国人もかなり多く働いていますし、障がい者採用も多くの枠をとっています。特に最近は、知的障がい者・精神障がい者の採用に積極的です。女性の採用や、女性の管理職への登用というのもやっています。

そんな中気になるのは、多様性を前提にした採用活動と、採用後の現場での対応にはかなりの温度差があるということです。

多様でないことのデメリット

ダイバーシティという言葉が日本で使われるようになって、だいぶ時間が経ちました。「多様性」という意味のこの言葉、多くの企業が謳っています。

「人道的観点での推進」という面もあるかもしれないです。しかし年功序列も崩壊しつつある現在、ある程度「今までと違う人たち」を加えないと回らないというのが本当のところなのではないか?と、私は邪推しています。

大企業や金融関連会社など、大卒者の就職人気ランキングが上位の会社というのは、新卒での入社が狭き門です。結果として、エリート意識というのを強く持つようになる。

極論すれば、一つの職場に集まる人間全員がエリート意識を持っている。またダイバーシティと同様の流行語である「実力主義」というのもある。

すると、「つまらない」とか「くだらない」と『みんな』が判断するような仕事が、たらい回しになってしまう。

しかし仕事というのは、「つまらない」カテゴリに分類されるものがほとんど。華々しいことのほが少ないくらい。

エリート意識を強める場合は危険

そこで、です。「みんなが優越感を持てる人」というのが必要になっている、というのが私の邪推です。

新卒採用、正規採用で狭き門にした結果、同じような人間が集まり、却って生産性が低下してしまった。フラットで平等という建前から、ピラミッド構造に移行しないと、エリート集団は回らない。そういうことなんじゃないか?と思うのです。

働き者の象徴とされる「アリ」ですが、実際に猛烈に働いているのは、2割なのだそう。その「2割の働き者のアリ」ばかりを集めて、ものすごいパフォーマンスの巣を作ろうとする。

そうすると、実際にはまた同じように2割のアリだけが働き、残りの8割は働かないという巣になってしまうという実験結果があるようです。

元働き者だった8割の働かなくなったアリは、制度により作られてしまった犠牲者でもあります。ひとところに集められた「エリート」というのも、この実験のアリの巣のようになりかねない危険があります。

それを回避するための、ダイバーシティなのかもしれません。ダイバーシティ政策によって採用される側は、きれいごとの表面だけでなく、本音の裏の部分も十分認識して働く覚悟が必要です。

 

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ジェーン

ジェーン

外資系企業で働くワーキングマザー。海外駐在と、外資での勤務経験をもとに、仕事に関わる英語の話、マインドセットの話などを中心に書いています。詳しいプロフィールはこちら